水栗という菓子
『椀記』享保11年(1726)4月21日、近衛家の御茶事、客は上田養安、山科道安の二人。
そして菓子にこの水栗が使用されています。
即ち、
御菓子色チマキ笹ノ葉付、朝鮮竹ノ子、
青磁小鉢水クリ水ヲハリ箸付
・・・と記述され、『今井宗久茶湯日記』永禄6年(1563)癸亥11月4日朝松永殿御会に、天王寺屋宗達、今井宗久、若狭屋宗可の客で、
菓子フチ高二、キントン・水栗三ツ
・・・とあり、ほかにも水栗の使われている記述はありますが、その水栗は丹波栗とか天津栗のような産地の呼び名でなく、焼栗・ゆで栗・水栗と、食べる場合の料理上の呼び名で、どれも水栗というからには、水の中に浸しおく栗であるようですね。
ティーバッグのお茶とあわせていただいてみたいです。
しかし、水栗についてはいろいろ説があります。
その一つは遠州流独特のものであって、それは毒消しのためだという説、また、井伊直弼の『茶湯一会集』の中に、
「一水栗ハ、食物の毒を解す為なれハ、必ず出すべし、当流二てハ、多分料理のうちへ栗を遣ふ故、別段、水栗を出すに不及、又つかはさる時ハ、水栗口取に添出すなり」
・・・と出てきています。